子育てに必須?ママ同士の付き合い

昔からどうも私は人付き合いというものが得意ではなく、それは大人になってからも結婚して子供が生まれてからも変わりませんでした。

そんな私が子育てしていると困ったのは、子育てにはやはりコミュニケーション能力がある程度必須のようだという事でした。

だって、母親になるとどうしても子供を通じての知り合いは増えていくからです。
それは、我が子の成長につれて確実に増えていくものです。

例えば、公園デビュー。
近所の公園に通っていれば嫌でも良く会う親子ができます。
でも私のような極度の人見知りは、ママ友出来たらなと密かに思っていても、少し話せてもから回る事の方が多いのです。

そこで落ち込んで、もう無理しないようにしようと思っても次は子供が幼稚園に入る時期になるとそうはいきません。
毎日幼稚園に送り迎えすると他のママに会いますし、幼稚園バスにしてそれを回避しても行事には行くしかないのです。

そして、普段ママ友付き合いを避けてきたツケとして親子でぼっち感を満喫する事となる訳です。
子供がものすごく人好きなタイプだとまだマシですが、こんな私のようなタイプの母親に育てられるとやはり子供も人見知りなおとなしいタイプになりますね。

子供があまりお友達作りが上手くなくても、ママがコミュニケーション能力が高いと別に子供同士は仲良くなくてもママ同士は仲良くなったりしてて、羨ましい限りです。

そんなこんなで子供関係の付き合いを怖がってきた私は、小学校に上がるとママ友付き合いは一気に減るという話を信じて耐えていたものです。

なのに、息子がようやく小学校に上がったらわからない事だらけで結局、周りのママ同士がワイワイ楽しくしている中でアタフタする日々でした。

子育てにママ同士の付き合いなんて、必須ではないはず、なんて思っていたけどそれなりに付き合いはしておいた方が苦労はしません。

今さらですが、これまでママ同士の付き合いを何となく怖がって避けてきた自分は間違っていたと思います。

ママ友付き合いって、別にテレビでやってるような悪いものでもなくて、結構助かる情報交換が多いからかなり大切ですね。

最近はどうやって子供の身長を伸ばすかなんて話をしたりしてます。それでこのサイトは参考になったので紹介します。

参考になったサイト 子供の身長を伸ばす

先生にはわざわざ聞かないような話を聞いたり出来る子育ての仲間なのです。

一人っ子の子育てで迷いを消す方法を考えてみました。

うちは小学2年生の娘が一人います。

子供がたくさんいる中で育てると個性も日々感じることができるのでしょうが、一人っ子はたった一人の子供に思いが集中してしまうので、ついつい子育てについて考え出すと深みにはまってしまいます。

その中で、発見した迷いを消せる3つの方法をお伝えします。

1.子供をいろんな子供の中に入れるだけでなく、親もほかの子を一緒にお世話してみる。

子供を子供たちの中に入れてみることはよく耳にしますが、例えば親自身、子供のお友達が家に来てもらった時に、意識的に少し積極的に子供らと話をしたり、お世話してみます。
すると、親も子供たちの違いを感じるこできます。

自分の子供にないもの、逆に自分の子供にはあるものも発見できて楽しいですよ。

2.子育ての本を読む。

私の場合は図書館に通い、その時気になる子育ての本を借りて読むことにしています。

一人っ子子育ての本もたくさんありますし、普段考えていることと大きな違いはなくても、改めて活字で読むことで自分の中に落とし込むことができます。

気持ちの整理にもってこいです。

3.自分も子供に戻って一緒に遊ぶ。

一人っ子にはしょうがなく、遊び相手になってあげるということが多いと思いますが、親の目線からではなく、これをもう思いっきり子供時代に戻って、同じ目線で楽しんでみます。

ちょっと他人には見せられないテンションでキャラクターの声や、かわいいしぐさなどをすると子供はとても楽しい気分になるようです。

ただし子供は喜びすぎると、ノリノリになってしまい、親モードに変わる時が自分もくたびれてしまったり、子供も残念がったりで寂しい幕引きになることもあります。

そこは上手に「○時になったら元に戻ってしまうからねぇ」と引き際のことも念頭におきながらやってみてはいかかでしょうか。

はじめての子育て、しかもその子一人だけを育てていくとなると、兄弟を一緒に育てるのとはまた違った悩み、不安があることは確かです。

そこを楽しみに変える方法を考えて、一回きりの子育てを後悔せず充実したものにしていきたいものです。

姉妹がいなくても赤ちゃん返り?

今年より年長さんになり、元気よく幼稚園に通っています。幼稚園では下の子の面倒を見たりしているようなのですが、家では全く何もしません。

「○○ちゃんのおしり拭いてあげた」や「片づけを最後まで先生とした」などを聞くのですが、家では「うんち出た!おしり拭いてー」と呼ばれたり、「ママが片づけて」など本当に幼稚園では手伝っているのかを疑いたくなります。

そこで「幼稚園で頑張ってるからしてあげよう」と言えたり、やってあげればいいのかもしれませんが、私はそこでは手伝わず、「年長さんなのに自分でしないの?!」と言ってしまい、ギャン泣きをされるという事をほぼ毎日のようにやっています。

本来、赤ちゃん返りの時は気にかけてやってあげる事により、自身の肯定と安心感によって収まっていくという事なので、実践しようとは思うもののなかなか実践できません。

姉妹がいるお母さんは本当に2人以上見ていてこなしているにも関わらず、私は1人で出来ないのが情けなくてしょうがないです。

グッと我慢してやってあげるのが大人で、お母さんの役割だと思ってはいるものの、忙しかったり、自身の気分によって変わってしまう事があります。

なるべくは一緒に過ごしたり話をしたりとしていますが、それだけでは子供にとっては足りないのかもしれません。

最近体重が重くなってきたこともあり、なかなか抱っこをしなくなったことによって、甘える手段がなくしてしまったのかな、とふと思いました。

やはり抱っこをしてあげることによって気持ちが落ち着くのか自らお手伝いしてくれたり、1人でトイレに行ったりとしてくれるので効果は大きいな、と実感しました。

体重が重くなってきたので立ったままではなかなか抱っこは長くできないですが、座ったままでも本人はいいみたいなので、座ったまま抱っこをすることにしました。

あとはお風呂の中で抱っこをするととても喜ぶようなので、お風呂で抱っこしたりとスキンシップをとって、赤ちゃん返りをどうにか撃退したいと
思ってます。

娘のラインはいつも鳴り続けている

中学生と小学生の子供がおりますが中学生の長女は部活や生徒会活動もまじめに行うタイプなので先生からも信頼され友達も多いので親としては楽しい学校生活を送れていることに安心していました。

しかし中学生にもなると親よりも友達との付き合いが多くなるので休日に出かけるのは構いませんが家に帰るとスマホばかりをいじるようになり聞いてみるクラスで入っているライン、クラス替えの前のクラスのライン、部活や友達のラインと個人でもグループでもラインにたくさん入っており家にいる時間はいつもラインが鳴っているような状態になりました。

連絡手段としてラインで連絡を取ったり電話よりも手軽に話ができるのもいいと思いますがあまりにもラインが鳴っていると中学生はみんなこうなのか、他の友達は今何をしながらラインをしているのかなど、今まで考えてもいなかった長女の友達関係や友達が何をしているのかまで気になるようになってしまいました。

学校生活の中で勉強はある程度できていれば楽しく過ごしてほしいとは思っていましたがこんなに毎時間ラインが鳴っていると何を話しているのか、そんなに話さなきゃいけないことがあるのかついつい考えてしまいます。

買った責任があるので親としてはラインの使用も見守っていますが考えてみると主人は最初からスマホを持つことには賛成していましたがラインをすることには反対していました。

お友達がみんなやっているからとラインがやりたいがためにスマホを買ったようなものなので長女がやりたがっていたこともあり主人を説得してしまいましたがこのようにラインが鳴り続ける毎日になるのならもう少し考えたほうが良かったのかと少し後悔もしています。

今は問題もなくたわいのない話をして楽しいんでいるようですが問題が起こったり誰かが嫌な思いをすることがあるのではないかと少し不安もありますが長女の行動や言動を信じてスマホを与えた責任と共に見守っていくしかないのかな、と複雑な気持ちで思っています。

子育てはやっぱり大変!でも目の前の「楽」に逃げると…

子育てに休日はありません。誰かに預けたとしても、いつ呼び出しがかかるかわかりません。仕事が忙しい時を狙っているかのように子どもが体調を崩したり、今終えたばかりの家事を台無しにされたり、「はぁ…」とため息つきたくなってしまうこともありますよね。

そんなとき、ついつい目の前「楽(らく)」に逃げようとしてしまうことはありませんか?とりあえず静かにしててくれるなら…と、「今日だけよ」と禁止事項を許したり、欲しがるものを与えてしまったりということです。

これを繰り返していると、後から大きな「苦」がやってくるかもしれません。子どもは日々の生活の中でいろいろなことを学び、成長していきます。一生を左右するような習慣や価値観も幼少の頃に身に着けることが多いのです。子どもの成長とともに起こってくる問題行動の原因が、幼少期の子育てに関係してることは少なくありません。

「人としてこうあって欲しい」という基本を養育者がしっかり持ち、疲れていても、忙しくても、ブレずに叩き込まなければなりません。幼少期に叩き込まれた習慣や価値観はなかなか変わりません。ということは、幼少期に叩き込めば、ある意味一生ものということです。

「叩き込む」という表現は厳しく感じられるかもしれませんが、いわゆるスパルタ式を進めているわけではありません。「一貫性」を持って子育てするということです。「だめなことはだめ」「良いことは良い」これを徹底することです。

語弊があるのを承知で言えば、犬のしつけも、人間のしつけも基本は同じだと思うのです。「だめ!」「よし!」の指示に従い、「待て」「お座り」の我慢ができる。そして、ほめられることの嬉しさや一緒に遊ぶことの楽しさを知る。これらは人間の子育てにも言えることではないでしょうか?

「誰が見ていなくてもお天道様が見ている」という言葉は素晴らしいと思います。私自身、今でもどこかでこの言葉にコントロールされていると思うからです。人が見ていてもいなくても、自分自身の価値観で正しいと思う行動をするということを、おまじないのように叩き込んでくれた言葉だと思います。

「大切なことは幼少期に叩き込む」…これから子育てをする方へのアドバイスです。